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現代と戦後のクリスマスの短歌に違いはあるのか?

もうすぐ12月、そろそろ街にもクリスマスの装飾があふれるころですね。短歌の世界では、クリスマスはどのような扱いだったのか、戦後のクリスマスの短歌を紹介したいと思います。

戦後のクリスマス短歌は?

そもそもクリスマスはキリスト教ですね。キリシタンの弾圧を繰り返していた日本が、正式にキリスト教を解禁したのは明治6年(1873)のことでした。長く親しんできた陰暦をやめ、西欧の太陽暦へと変えたのは明治5年のときです。その少し前、明治2年の時にはキリスト教を布教した元凶として、横井小楠(よこいしょうなん)が暗殺されています。

戦後の短歌はどういう内容だったか?

戦後の短歌を見てみると、クリスマスパーティーなどを楽しむ歌はありません。むしろ、至って真面目な短歌が多く、クリスマスで賑わう街並みを歌った短歌だったり、憧れと悲しみが混じった短歌が多かったのが分かります。どこかしら「マッチ売りの少女」をイメージさせますね。

どこからクリスマスへの気持ちが変わったか

どこからクリスマスの意識が変わったのか? 詳しくは分かりませんが、1928年の朝日新聞の記事には、「クリスマスは今や日本の年中行事となり、サンタクロースは立派に日本の子供のもとに」と書かれるほどになっています。昭和の時代には、今のクリスマスに近くなっていたのだと思います。

時代と共に短歌も変わる

戦後のクリスマスと、現代のクリスマスの短歌は大きく変わっています、今の日本のクリスマスでは想像もできないくらい、悲しい行事だったのかもしれませんね。この短歌の変化とともに、日本の歴史を大切に考えていきたいと思います。

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