日程調整サービス『調整さん』が運営する新しいメディア

一度はプレーした女子バレーボール

一度はスポーツとしてバレーボールをやったことがある方が多いのではないでしょうか?
ママさんバレーも盛んで大人女子にも人気です。
そんな日本女子バレーの頂点・全日本女子バレーボールの成績をまとめました。

一度はプレーした女子バレーボール

世界の頂点に立った、女子バレー

1964年に日本で行われた「東京オリンピック」この大会で、日本国中を沸かせたのが
日本女子バレーボールの活躍でした。このオリンピックで、見事、金メダルを獲得。
大松博文監督が率いる、日紡貝塚という企業のチームを中心に構成された女子チームは、
どんな強烈なスパイクもレシーブすることで「東洋の魔女」と呼ばれました。

日本女子とソ連女子の2強時代

その後のオリンピックでは、全日本女子バレーボールと旧ソ連(ロシア)との
2強時代が続きました。
1968年のメキシコシティオリンピックと1972年のミュンヘンオリンピックでは
残念ながら、ソ連(ロシア)の壁に阻まれて銀メダルでしたが、ついに、
1976年のモントリオー ルオリンピックでは金メダルを奪還しました。
実業団バレーボールチームの日立中心のチーム構成で、鉄壁の守りと
白井貴子選手を中心とした攻撃力は、「ひかり攻撃」と言われ日本中を沸かせました。

しばらく低迷期時代を迎える

その後、しばらく日本女子バレーボール界は、低迷期に突入します。
外国選手の高さと、パワーあふれるスパイクやサーブにレシーブを得意とする日本女子バレーは、圧倒されてしまいます。日本でも代表選手に、パワーや高さのあるアタッカーを揃え、
パワーと高さのバレーボールを目指しますが、選手に故障者が続出して、なかなかうまくいかず、成績も振るわずオリンピック出場を逃すときもありました。

2012年、女子バレーボールが復活!

公募で監督となった真鍋監督の元、ITを駆使したデータバレーで新しい境地を
開いた、全日本女子バレーボールチーム。ついに、復活の時を迎えます。2012年に行われたロンドンオリンピックでは、準々決勝で対戦した、強豪中国をフルセットで戦いその
全てがたった2点差という激闘で勝利。その後の準決勝ではブラジルにこそストレートで敗れたものの、3位決定戦で韓国に勝利し、
見事24年ぶりの銅メダルに輝きました。待ちにまった表彰台の日本女子バレーボール代表の姿に、往年の栄光の姿をしるバレーボールファンだけでなく多くの日本人が感動したのも記憶に新しいですよね。

リオオリンピックを応援しよう!

日本女子なら一度は親しんだことのあるはずのバレーボール。輝かしい過去の栄光も、遠い昔のことではなく、復活の兆しが見えてきました。2016年のリオデジャネイロオリンピックまで真鍋監督体制で臨むこととなった
全日本女子バレーチーム。若手もどんどん成長して、今からその活躍が楽しみですよね。

この記事を読んだ方はこんな記事も読んでいます