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日本のバスケットボール界の問題に挑んでいる川淵氏を知っていますか。日本バスケがオリンピックに出られるようにいろいろな活動をしています。Jリーグの仕掛け人でもある川淵チェアマンを紹介します。

バスケ界の救世主川淵チェアマン

Jリーグ立役者の川淵さんをご紹介します

川淵さんは、1936年生まれの大阪の高石市のご出身です。大阪にある三国ヶ丘高等学校を卒業した後、早稲田大学に進学されました。サッカー日本代表選手には1958年になっています。遠征中のヨーロッパで見たドイツのスポーツ施設に感動して日本のサッカーのプロ化を心に誓ったそうです。大学卒業後は、一般企業に入社しそこで選手としてプレーしています。

川淵さんについてさらに詳しく

東京オリンピックに1964年に出た後、1970年には現役を引退しましたが古川電工のサッカー部のコーチとなっています。その後監督となりました。その後輝かしい経歴を経て、1991年には「日本プロサッカーリーグチェアマン」理事長となり、Jリーグの創設の中心人物の一人として貢献されました。2002年にチェアマンは退きましたが2012年には「日本サッカー協会最高顧問」になりました。

現在も川淵さんはとても頑張っています

現在の川淵さんは、それまで全く縁もなかったバスケットボール界の改革を依頼されて、2015年に「日本バスケットボール協会会長」になりました。というのもその当時、バスケの日本代表チームが国際的な大会に出場できない、また国内リーグでの併存問題などが浮上した事などがあった為です。川淵さんのサーカー界での手腕や業績を買われたという訳です。2016年に開かれるブラジルのリオデジャネイロでのオリンピック五輪の予選に出場できるように今も尽力をされ続けています。

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