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コミケ会場の変遷の歴史とは!?

東京ビッグサイトで2015年12月29日(火)から31日(木)の3日間の日程で開催されたコミケ89!では、コミケの最初の会場はどこだったのてしょう?コミケ会場変遷の歴史を考察します。

コミケ会場の変遷の歴史とは!?

最初のコミケ会場の場所は?

最初のコミケ、つまり第1回コミケは1975年12月21日に開催されました。会場は東京都の虎の門の日本消防会館の会議室で行われました。参加者700名ほど。そして、1976年の第2回から4回までは板橋産業連合会館がコミケ会場となりました。この頃までは、創作マンガ中心の同人誌即売会で、規模も小さいものだったのです。

大田区産業会館がコミケ会場に!

1975年の第5回コミケから、会場は大田区産業会館へと移ります。途中、四谷公会堂・東京都立産業会館などを会場にしつつ、1979年の第13回コミケまで、コミケ会場は大田区産業会館がメイン!宇宙戦艦ヤマトや機動戦士ガンダムの人気で、アニメ同人誌が増え、参加者は4,000人を突破!

コミケ会場が大規模になったのは?

空前のアニメブームの到来は、コミケ会場の大規模化に繋がりました。1980年から4回使用された会場の川崎市民プラザ!ここでは、参加者が7,000人突破!会場として手狭になったため、第18回コミケ会場は横浜産貿ホールへ!しかも、初めての2日間の開催。参加者は10,000人を超えたのです!

わけありでコミケ会場は晴海へ?

1981年の第19回コミケの会場は、当初、川崎市民プラザの予定でした。が、ここでトラブルが発生!コミケ主催者が運営方針をめぐって分裂したのです。2つに分かれた主催者のうち、今も続くコミケ主催者側は東京・晴海にあった東京国際見本市会場を会場として、第19回コミケは開催されたのです!

大規模化していくコミケ会場!

晴海の東京国際見本市会場にコミケ会場を移してから、コミケは「キャプテン翼」のブームで女性参加者を増やし、それにともなってサークルの数も参加人数も増大を続けていきます。第30回コミケでの参加サークル数は3,900、参加者は35,000人!そして、以後、しばらく晴海を離れ、会場は東京流通センターへ!

コミケ会場へ10万人殺到する時代へ!

1987年の東京流通センターでの第33回コミケまでの3回で、参加者は40,000人突破!コミケの大規模イベント化は開催会場の調達に苦戦し、開催延期となったことも!再び、会場を晴海に戻し、さらに千葉県の幕張メッセへ移し、また晴海へ!東京国際見本市会場の閉鎖が決まったことから、1995年の第49回コミケをもって、会場は有明へ!すでにコミケの参加者は100,000人を突破していたのです。

そして、会場は東京ビッグサイトへ!

1996年の第50回コミケから、現在に至るまでの会場が東京ビッグサイトなのです!そして第51回から東京ビッグサイト全館貸切での今のスタイルのコミケとなりました。さらに、1997年から夏は3日間開催に!冬も1997年は3日間、そして2002年から冬も3日間が定着して、今に至っています。参加者590,000人を突破!これがコミケ会場の変遷の歴史です。

コミケ会場は拡大し続けた!

第1回コミケの会場は虎の門の東京消防会館の会議室でした。参加者700名という1975年の小さな規模のイベントから、回を重ねるごとに増える参加者に対応するため会場を移していきました。今では59万人を超えるイベントになったコミケの歴史は会場変遷の歴史でもあります。

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